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スマートマシン(IoTとAI)が顧客になる時 – マシンのためのデザイン

原文:"When a Machine is the Customer – Designing for Machines" by Dr. Carsten Stöcker and Kerstin Eichmann氏, August 27, 2017

アメリカテキサス州にて:子供がAmazon Echoに「ドールハウスを買って私と遊んで」とお願いし、ドールハウスが送られてくる。

イギリスにて:「OK Google、ワッパーバーガーってなに?」という言葉が、Google Homeスマートスピーカーのバーガーキングの広告トリガーとなって、かきたてるような商品の説明をはじめる。

 そしていつかすぐに、あなたの車はメンテナンスや充電のための最適な価格を選ぶだけでなく、スマートなクルマは自ら出かけて充電するでしょう *1

 ようこそ、人間ではなくスマートマシンが意思決定をする新しい世界へ。マシンが何をどの価格で買うかを決め、そのやりとりは仲介者なしにブロックチェーンの分散台帳で行われます。「スマートスピーカー」を介する市場は非常に巨大になります。Amazon Echoのようなスマートスピーカーから購入する家庭用品、スマート温度計から購入される電力、工業ロボットが購入する原材料や最適化のためのアルゴリズムの購入まで。

 このような発展を通じて「アルゴリズム利益」が誕生します。スマートマシンの売り手と買い手による取引やニーズをマッチングするサービスの手数料です。

 例えば再生可能な電力供給網では、「エネルギー供給のボラティリティー」が重要な課題です。グリッド制御システムは電力の供給と消費をリアルタイムでマッチさせる必要があります。余分なエネルギーを蓄えるためのバッテリーやエネルギーの柔軟な供給にはグリッド制御システムに「生理学的なマシンのニーズ」が求められています。柔軟性を集約するアルゴリズムはグリッド制御システムという「顧客」に対して集約され検証された柔軟性のポートフォリオへのアクセスと管理という「サービス」を販売できます。このアルゴリズムによる信頼性の高い柔軟性を最適化するサービスは自分自身のアルゴリズムや集約ボットを通じて自己収益をあげます。

スマートマシン顧客のためのマシン中心デザイン

 先進的な企業はデザイン思考や人間中心デザインに注目しています *2。 これらのメソッドにリーンスタートアップやアジャイル開発を組む合わせてプロトタイプやユーザーテストを行います。これらの手法では人間の顧客を中心においてフォーカスします。

 企業はインサイトから人間のニーズを理解し、そのニーズを満たすためのアイデアを開発しようとします。新製品やサービスをすばやく市場投入するためにプロトタイピングMVP、ユーザーテストを活用します。

 スマートマシンのためのデザインには新しいアプローチが必要となります。スマートマシンのニーズの理解、ソフトウェアコードのライフサイクル、法的、規制上および倫理上の問題に至る全てにおいてです。

「マシン中心デザイン」の取り組みに遅れを取ることは競合他社が2020年までに何十億ものインターネット上のデバイスのニーズと能力を活用していくことを意味します。

Alexaを満足させる - マシンのニーズを満たすデザイン

 顧客としてのスマートマシンは無限に多様なニーズ、能力、成熟段階を形作ります。人間と同様に。アブラハム・マズローの人間の欲求段階に相当するマシンの欲求段階(図参照)はマシン顧客が何を必要とし、どのように自社の製品やサービスを売ることができるかを理解するのに役立ちます。

 人の欲求は下から空気、水、食糧などの生理的欲求から、安全の欲求、所属の欲求、承認欲求、そして自己実現の欲求に段階が上がっていきます。

 スマートマシンのニーズも人と同様に下から基本欲求(電力、コンピューティングパワー、ネットワーク接続性)、安全欲求(ファイアウォールや暗号化暗号など)、所属の欲求、そして承認欲求にまでおよびます。これらの欲求はソフトウェアによって満たされます。自律システムがお互いを見つけて識別し、信頼メカニズムによってサービスのレベルを把握することができます。

 人と同じように「自己実現」はスマートマシンによって異なるでしょう。バーチャルアシスタント(Virtual Personal Assistant:VPA)の場合、持ち主の微妙なストレス音感を検出し、落ち着くことのできる音楽を自動的にサジェスチョンすることかもしれません。自律型のナノ衛星の場合は最適な監視ターゲットを選択してコモディティトレードや農業「マシン」顧客に最高の利益をもたらすことかもしれません。

 一つの非常に本当の恐怖は意思を持ったシンギュラリティの「自己実現」スマートマシンが私たちとの共存を望むのか*3、あるいはマシンのニーズを人間より上に置いて奴隷化したり撲滅したいということです。 非営利の倫理グループから産業界の巨人まで、この問題に取り組んでいます*4*5。 今のところ問題の重要性を認識し、製品デザイン、ソフトウェアに組み込まれた倫理原則や人の顧客とのコミュニケーションにおいて意識すべきでしょう。

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innogyが考えるスマートマシンの欲求段階

スマートマシンのライフサイクル

 物理的な製品と同様にマシン(物理的またはバーチャル)は、デザイン、利用からリサイクルまでのライフサイクルがあります。それらをデザインするときは、製品またはサービスがライフサイクルのどの段階なのかを考慮する必要があります。

 技術が急速に変化している状況で、完璧な答えを求めてはいけません。理解を深めながらマシンの要求に応え戦略を洗練させていくべきです。

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スマートマシンのライフサイクル

スマートマシンのカスタマージャーニー

 人間のカスタマージャーニーは製品やサービスを意識することからはじまり、検討、購入、サービスの利用開始からサポートに至ります。さらに(願わくば)ロイヤリティーが高まり他の人にもオススメしてくれるように進んでいきます。

 スマートマシンの顧客もP2Pネットワーク上で同じようなカスタマージャーニーを辿ります。このジャーニーはアルゴリズムにより実行され、時間の経過とともに選択を学習して改善されていきます。このアルゴリズムはオンラインランキングなどの信用システムや評判システムによって補強されていきます。

 電気自動車が「意識すること」はバッテリーが少なくなることからはじまります。タイヤ交換や清掃が必要だと意識して、その必要性を訴えかけます。製品やサービスの提供者からの価格、在庫、納期を提示することで「検討」がはじまります。購買はブロックチェーンを介してP2Pのスマートコントラクトを介して実行されます。*6 

 デザイナーは「意識する」段階において適切なオンライン取引所にリストされ、マシンが読める適切なフォーマットで説明がされるようジャーニーをデザインすることができます。また購入段階で取引が正確で完全であることを確実にし、サービス段階では消費をするスマートマシンが適切な時期に適切な保守サービスや補充サービスが提供されるようにデザインできます。

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人とスマートマシーンのカスタマージャーニー比較

スマートマシンのためのデザイン:何が違うのか

 人が中心の世界では市場調査、フォーカスグループ、顧客インタビュー、エスノグラフィーを通じて要件を明確にしてデザインされます。ターゲットとなるマーケットは「ペルソナ」というユーザー像として表現されます。ペルソナを通じて性別、年齢、教育、職業、役割、責任、さらには趣味など特徴を理解します。

  1. マシンのニーズと機会は主にマシン間のトランザクションのデータのマイニングと分析、場所やパフォーマンスなどの「状態」情報によって分かります。ターゲット市場は様々なクラスのマシンの異なる能力で分類されます。
  2. 人間中心デザインではインターフェースが重視され、観察によってその効果が評価されます。 マシン中心デザインではデバイスやソフトウェアの技術的ニーズに適応しているかで評価されます。コードの効率性、必要なAPIやプロトコルの遵守、トランザクションの速度や信頼性が重要になります。
  3. 人間中心デザインではSCRUM、ラピッドプロトタイピング、MVP、DevOpsなどアジャイル開発方法で製品とサービスの迅速なデリバリーを実現します。マシン中心デザインでも同じ方法が使用されていますが、データ分析、機械学習、ボットフォレンジックに大きくに依存ます。
  4. マシンのためのデザインには新しいインフラ、プロセスとスキルが必要です。マシンロジック、データマシンの種類と量に関する知識、アルゴリズムやディープラーニングから得られるインサイト。基盤となるAPI(アプリケーションプログラミングインターフェイス)や認証およびブロックチェーンテクノロジの理解も必要になります。そして、最大限の機会「スイートスポット」を見つけて集中するビジネスコンテキストも必要です。
  5. 法律とガバナンスの面では、マシンツーマシンの売買にはスマートコントラクトの共通標準が必要となります。双方が提供している製品やサービスを理解し、カウンターオファーを行う能力、その受領や拒否のシグナルなどです。また、やり取りを標準化して管理するための新しい法律や規制も必要となります。「マシンに対する課税」領域の設定や人同士と同様に紛争解決のための仲介も必要となるでしょう。

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未来のロードマップ

Show Me the Money

 マシンのためのデザインは単に既存の製品マーケティング(シャンプーや電気など)を人間以外の「顧客」のために微調整することだけではないと認識することは非常に重要です。実際の革命的な利点の源泉は新しいビジネスモデルの創造と開発です。それはインテリジェントで自律的なスマートマシンのニーズを満たしながら実際の人間社会との整合性を合わせることです。

 たとえば、マシン間の取引でどのように収益を上げるのでしょうか。ブロックチェーンは取引のコストを限りなくゼロにします。これは買い手や売り手には良いですが、銀行、クレジットカードプロセッサーなどの仲介業者には悪いことです。顧客が人間である場合、サービスは価値を作り出し、その価値がお金になります。それは利便性、柔軟性や容易さです。基本的なサービス(例えば輸送)がコモディティとなり価格が下がったとしましょう。人はそれでも最短ルートにお金を払い、友達をピックアップしたりお使いのため遠回りをすることにお金を払うでしょう。

 マシンが他のマシンにサービスを提供する場合、価値の創造から収益を上げる機会はひとりの人間の顧客のための取引を最適化することでは無くなります。ネットワークを通じてマシンを集約することで生まれます。例えば電気自動車がグリッドに余剰電力を売る場合に価格が最も高いピーク需要期を待つことでプレミアムを請求することができます。また、グリッドの安定アルゴリズムでバッテリ容量を柔軟に集約して売却することによってグリッドの安定に貢献することもできます。

 マシンとマシンによる取引の新しい収益機会はデータです。例えば、道路に設置されたスマートセンサーが舗装の摩耗や裂傷に関する業界データを舗装業者に提供し、舗装修繕サービスのディスカウントを受けることができます。また、スマートセンサーから交通情報を小売業者や不動産業者提供することにより建設プロジェクトに貢献することができます。

 このようにスマートマシンの欲求段階、ライフサイクル、スマートマシンのカスタマージャーニーなどのツールは、これから到来するスマートマシンの経済を理解し、その恩恵を受けるために役立ちます*7。スマートマシンの経済に置き換えられるのではなく、製品、サービス、マーケティングを一から考え直すことを積極的に導いていきます。

この記事は人間中心デザインからマシン中心デザインを予見させる「スマートマシンが顧客になる時 – マシンのためのデザイン」"When a Machine is the Customer – Designing for Machines"の翻訳です。これを書いたのはinnogyのthe Machine Economy Innovation Lighthouse Leadに所属する部長のCarsten Stöcker博士Kerstin Eichmann氏です。あまり関係ないですが、Kerstinさんは同じマイクロソフト出身者として個人的にすごく親近感を覚えます(笑)

Innogyはドイツ第二位の電力会社RWE AGの子会社です。IoT、ブロックチェーン、AIなどの先端技術を使ったイノベーションプロジェクトを多く手がけています。以前に紹介したブロックチェーンによるIoTの事例もInnogyのプロジェクトでしたね。

ボク自身は人間中心のサービスデザインを専門としているので、この記事を読んだ時すごくハッとしました。カスタマージャーニーなどのデザイン手法をAIやIoTの世界に当てはめるのはとても新鮮です。

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About the Authors:

Dr. Carsten Stöcker is Senior Manager in the Machine Economy Innovation Lighthouse Lead at innogy SE. He is a physicist by training with a Ph.D. from the University of Aachen. He also serves as a Council Member of Global Future Network for the World Economic Forum. Prior to joining innogy SE, Dr. Stöcker worked for the German Aerospace Center (DLR) and Accenture GmbH. Carsten.Stoecker@innogy.com | Twitter: @CarstenStoecker

Kerstin Eichmann is leading the Machine Economy lighthouse. She also worked as Manager for Microsoft Deutschland GmbH. Prior to Innogy, she worked as a manager in the developer experience unit of Microsoft Deutschland GmbH, Fidor Bank and BBDO. Kerstin.Eichmann@innogy.com| Twitter: @OriginalKed