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欧米で頭のいい人達が自然と使っている知識の整理整頓

 ちょっと前に効率的な勉強の習慣について書きました。「入れて、調理して、出す」でしたね。「調理して」には整理整頓も含まれるのですが、今回はこの知識の整理整頓の話。知識を入れるのはインターネットで検索したり、キュレーションメディアをチェックしたりして簡単に手に入るようになりました。でも、それだけで知識って使えるわけじゃないんですよね。

 実際に頭のいい人と話をしているととても知識の整理整頓がうまいんです。特に欧米の人と話をしている時にそれを感じます。それは彼らに自然と備わった整理整頓というか分類方法があるからなんだと思います。それは「クラシック」と「モダン」で分ける整理術。これを使えば普段の生活から会社の経営まで整理して理解することができますよ!さらに「ポストモダン」まで理解して整理できれば未来の社会がどのような方向に進もうとしているかも理解できます。いまの自分はどんな状態なのか理解するのにいいのですね。

普段のことはクラシックとモダンで整理整頓

 欧米の人たちとアジアの人たちって考え方が違うんですよね。例えばなんですが、欧米の人たちはファッションや料理、音楽をクラシックとモダンでざっくり分けて考える傾向があると思います。洋服だとクラシックは伝統的でゆったりとしたシルエット。モダンはデザイン的な主張が強くてスリムなシルエット。前にベルギービールの記事でも書きましたが、料理や飲み物でもクラシックとモダンで分けることができます。

 大事なのは整理整頓すること。「クラシック」だから古臭くて悪い、「モダン」だから新しくて良いではないんです。もっと言ってしまえばクラシックとモダンは混在しても構わない。混在しているんだと意識できるかどうかが大事。

 例えばフランスのブティックで洋服を買うとする。そうすると「このシャツはクラシックなのでネクタイはこんなクラシック柄でどうです?モダン・オン・クラシックでミスマッチを楽しむのもいいですけど」みたいな会話になる。ファッションは色や柄を合わせるだけじゃなくて、スタイルを合わせることでもあるんですね。これくらいクラシックとモダンという考え方は日常に根付いています。

 あとビートルズとかツェッペリンとかはクラシックロックとかね。レディオヘッドとかはモダンで。ヒップホップもグランドマスターフラッシュやランDMCはクラシック。ケンドリック・ラマーとかモダン。そう言えば落語なんかもクラシックな古典落語とモダンな新作落語がありますよね。ボクはクラシックもモダンも両方好きです。

ガリレオ・ガリレイはクラシックかモダンか?

 それでは問題です。地動説を唱えたコペルニクスやガリレオ・ガリレイ。彼らは西洋的にはクラシックでしょうか、モダンでしょうか?彼らが生きていた時代は中世です。でも、彼らの考え方は非常に科学的。つまり近代的です。近代を英語で言うとモダン(Modern)です。それより前はクラシック。だからコペルニクスやガリレオ・ガリレイのいきていた時代はクラシックな時代ですが、彼らのような科学的な考え方はモダンと言えます。クラシックな時代にモダンな考えで生きるのって大変なんですよ。

 近代的なアプローチというのは科学的なアプローチのこと。ちゃんと科学的にやろうぜ!というのがモダン。冗談みたいな話ですが、アリストテレスは「女性の歯の数は男性より少ない」と言ってた(と言われている)。そして昔はみんなそう信じてたんですよ。これはとてもクラシックな考え方。そして、実際に歯の数を数えた人がいた。当たり前の話ですが男も女も歯の数は同じです。この数えるというアプローチは非常にモダンなアプローチと言えます。

 この近代化(モダン化)というのはすっごい出来事なんですよ。産業革命とか啓蒙主義とか近代的な科学のアプローチがなければありえなかったわけですから。当然インターネットだって近代化がなければありえなかったわけですよ。モダンは生活や文化をドカンと変えてしまった。それぐらいインパクトのあったことだから、欧米の人たちに自然とこの分類方法が備わっているわけです。欧米の人たちは自分たちでこれをやっちゃった。日本やアジアの人たちはそれが欧米から輸入された。この違いはすごく大きいと思います。

モダンなニュートンやアインシュタインは現代的か?

 それではまた問題です。アイザック・ニュートンは科学的方法論の礎を作った人として有名です。まあ、モダンの権化みたいな感じです。そんなニュートンは現代的でしょうか?ザ・モダン!と言えるニュートンも現代的かと問われればちょっと違和感ありますよね。じゃあ、ニュートン力学を塗り替えたと言われるアインシュタインは?それもなんとなくしっくりこないですよね。

 じゃあ、現代的なアプローチってなに?ということになりますよね。確かに科学的なアプローチのおかげで寿命が延びて人口も増えて世の中便利になった。でも、それっていいことばかりじゃないよね?例えば地球の温暖化とか環境破壊とか。割とまずい状況になってるよね?という反省点もあったりする。あと、ワークライフバランスとか言われてるけど、仕事というのは数字だけ気にすればいいものじゃないよね、会社としても個人としても。

 近代の後は現代ですが、現代的なアプローチは「ポストモダン」と言われたりします。もともと哲学とか芸術とかでよく使われる言葉なんですが、いまは経済とか経営でも使われはじめています。そこでこの記事のタイトルに戻るんですが、欧米で頭のいい人たちが自然と使っている知識の整理整頓は「クラシック/モダン/ポストモダン」なんです。

現代的なアプローチの代表例

 経営で具体的な例を見ていきましょう。見てもらえばわかるんですが、意外とクラシックな経営スタイルって残ってるんですよね、日本には。ただ、これも「クラシック」だから古くてダメ、「モダン」だから進歩的でよいと簡単に言えるものでもないです。

 例えば軍隊の組織運営はクラシックな方がマッチするだろうし、研究開発はモダンでなければいけないでしょう。日本酒の『獺祭』はモダンな考え方を取り入れて躍進しました。だからと言って伝統的な杜氏の勘と経験に頼る製法が全て否定されるわけでもないわけです。

クラシックな経営

  • 勘と経験則
  • 村社会的組織や軍隊的組織

モダンな経営

  • 財務会計と管理会計
  • KPIとPDCA
  • 論理的思考
  • 分業/専門型組織(産業革命から脈々とつづくモデル)

 とは言え、大部分の企業はモダンな経営を洗練させ大きくなってきました。悪い迷信も科学で解き明かされました。それが近代の産業革命や啓蒙主義からの流れでした。暗い場所に光を当てたわけですが、光も強すぎればより濃い影も生まれるわけです。環境破壊や過労死がその例です。さすがにそれはまずいだろうと多くの企業が新しい方向を模索しています。この動きを「ポストモダン」と言います。

ポストモダンな経営

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 欧米の企業や組織がすでにポストモダンな経営に移っているわけではないです。グーグルですらマネージャーのいない「ポストモダン」なティール型の組織を一度は試しましたが、いまは元に戻しちゃいました。アップルはスティーブ・ジョブスの頃は彼の感性に頼った「クラシック」な企業だったと思います。それがティム・クックになりイノベーションを管理する「モダン」な企業になった。マイクロソフトはビル・ゲイツの頃もスティーブ・バルマーの頃も「モダン」でしたが、サティア・ナデラになって「ポストモダン」な感じになってきましたね。

 つまり「ポストモダン」な経営は手探り状態なんです。確立された方法論があるわけでもない。いまは先進的なザッポスバッファーのような企業が現代のガリレオ・ガリレイやコペルニクスとなって現代的な方法を模索しているところです。日本ではダイヤモンドメディアなんかが代表例ですね。

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